姿勢の持つ力

ケータイからスマホに主流が移ってから、街中でうつむきながら画面に見入って歩く人が本当に増えました。電車の中でも多くの人が、周りには無頓着で黙々とゲームに興じたりメールを打ち続けています。歩きながらや運転中のスマホなど危険極まりないですが、私が心配するのは事故ばかりではありません。あの小さな画面を食い入るように見つめる姿勢を続けていることが気懸かりです。スマホだけでなく、長時間パソコンなどの机仕事でうつむき続けていると、次第に背中が丸くなって胸も狭くなり腰も抜けてきます。この姿勢は腰痛や肩こりの原因となるばかりでなく、実は思いを抱え込む姿勢なのです。

 禅では「身心一如」といって、体と心のありようを、まず身体からみていきます。姿かたちがなく、とらえどころのない心を調える(調心)のは容易ではありません。しかし「息」という字があらわすように、呼吸と心の働きは密接に結びついています。そこで呼吸を調えれば自ずから心も調う(調心)と考えたのです。その呼吸も自律神経の働きによって無意識に行っている「生きるための呼吸」から、ゆったりと吐き出すことを意識した「心につながる呼吸」です。そのためには身体を調える(調身)と、姿勢を正すことを何よりも大切にしています。これを最も体現しているのが坐禅なのです。

 坐禅と言えば、一般には「近寄りがたい厳しい修行」と思われています。勿論身心が慣れるまでにはそれなりの努力や忍耐を伴いますし、即効性もありません。しかし、一見窮屈そうに見える坐禅は、身心が最も安定する理に適った姿勢として永年受け継がれてきたのです。そこではまず腰をしっかり入れて両膝とお尻で下半身を安定させます。腰が入れば自然に胸は開きますから、上半身は力を抜いて自分の体と心の中心をへそ下一〇センチの肚(はら)(臍下丹田)に置く状態を保ちます(上虚下実)。そしてゆっくりと息を吐き出すのです。吐くということは言い換えれば捨てることです。人間は覚醒している限り物思いはするものですから、次から次へと湧いて出てくる過ぎたこと(煩悩)やまだ来ぬ先のこと(妄想)といった様々な思いを、無理矢理押し込めようとせず、出るに任せながら追わないことです。ゆっくり息を吐き出しながら一緒に吐き出すのです。つまり坐禅は「思いを手放す」姿勢なのです。
ところが夢中でスマホを操作している姿勢は坐禅とは正反対です。腰が抜けて前屈みになり、肩が落ちて胸も狭くなっています。ちょうどロダンの「考える人」の姿勢です。この姿勢で一番問題なのは、呼吸が浅くなってしまうことです。姿勢が悪いとゆったりと息を吐き出す深い呼吸が出来ず、それにつれて気持ちが不安定になってしまいます。そして自分を守ろうとして今までに得たものを余計に抱え込んで、ますます息が吐き出せなくなってしまうのです。「考える人」は「考え込んでしまった人」なのです。

 なぜゆったりと吐き出す深い呼吸が大切なのでしょうか。私たちの意思とは関係なく働いて生命活動を支えている自律神経は、身心を活発にする交感神経とリラックスする副交感神経とで成り立っており、呼吸においては次のようになっています。
◎ 交感神経ー息を吸う→緊張
◎ 副交感神経ー息を吐く→リラックス
 私たちは怒ったり泣いたり、あるいは不安を抱えている時には、知らず知らずのうちに肩に力を入れて息を吸い身心を緊張させています。不安に陥った若い女性に多い過呼吸症候群などその一例でしょう。そんな時には深呼吸してゆっくりと息を吐き出すと、気持ちが落ち着くという経験は誰にもおありだと思います。つまり息をゆっくり長く吐き出すと、副交感神経が活発に働き身心をリラックスさせるのです。最近「笑う」ことが免疫力を高めると言われるのも、笑うときは自然に息を吐き続けているからでしょう。このように普段全く無意識に行っている呼吸ですが、実は心の動きと密接に繋がっているのです。

 姿勢を調えれば(調身)ゆったりした深い呼吸ができ(調息)、そうすれば自ずから心も落ち着く(調心)、それが坐禅の眼目だと申しました(本当はこの三つは不可分なのですが便宜上このようにお考えください)。残念なことに洋風化した生活の中では「坐る」習慣が廃れてしまいました。ですからいきなり坐禅では敷居が高いと思いますし、正直なところ向き不向きもあります。ですからまずは正坐から始めてみましょう。あるいはイスの場合も背もたれに寄りかからずに腰掛けてみます。そこで両手を軽く握って後ろに回し、腰をグッと押してみると、おのずと胸も開いてくると実感できるでしょう。どんな姿勢であっても大事なのは、力みなく腰がスッと入っていることで、そうすれば深い呼吸ができるようになります。かつて「腰抜け」や「へっぴり腰」というのは最大の侮辱言葉のひとつでした。このような姿勢では身心が不安定で、何事にも腰を据えて取り組むことができないと広く知られていたからでしょう。

 悩み事や病気で気持ちが落ち込むと、自然と「肩を落とす」ようにして姿勢も崩れてきます(俯く姿勢はウツに向かう姿勢かもしれません)。逆に言えば精神的につらい時期でも「せめても」との思いで姿勢を調えようと努力してみれば、その姿勢によって気持ちが引き上げられていくことも可能です。あるいは他人からの批判や攻撃を受ける時も、きちんとした姿勢で聞くのと腰が引けた姿勢で聞くのとではダメージの強さも受け方も大きく変わってくるのです。心が身体のありようを定めるのではなく、身体が心を引き立てることだってあり得るからこそ、先人は「身心一如」と、まず体を持ってきているのだと思います。
 スマホに象徴されるように「こうなったら便利だろう、楽しいだろう」という思いが次々と実現されてきた現代社会ですが、私たちはその便利さ快適さに却って自縄自縛になってはいないでしょうか。腰の抜けた猫背で夢中になってスマホの画面を見続けて無意識のうちに身心を追い詰めていないでしょうか。時にはスマホを横に置き、静かに正坐してゆっくり息を吐いてみませんか。過剰な情報で頭でっかちになり、身心への関心が疎かなあなたも、深い呼吸を通して姿勢の持つ力を、きっと感じられることと思います。

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