坐禅というと常人には近寄りがたい厳しい修行と思われがちですが、あの姿勢は身心をもっとも安定させるとして長年培われてきたものです。確かに坐ると言うこと自体が日常生活のなかで既に廃れてしまっているので、慣れるまでは苦しいものです。また即効性もありませんから、せっかく坐禅会に参加いただいてもそこを乗り越える前に諦めてしまう人が殆どです。坐禅は釈尊を自ら追体験することであり、これはゴール無き継続です。将棋棋士の永瀬拓矢さんは「努力とは息をするように続けられること、無理をしないこと」と言います。坐禅が特別な事でなくなったとき、はじめて身についたと言えるでしょう。続けていれば裏切られないと信じて(自ら信じることを自信といいます)、簡単に投げ出さず、取り組んでいただきたいものです。
△土曜坐禅会 2日・16日 午前7時より
日曜坐禅会 9日・24日 午前7時より
※行事のため10日を繰り上げて行います。
△暁天坐禅会 毎朝5時より6時まで
△写経会 12日 午後1時より
今 月 の 言 葉
月落ち烏啼いて霜天に満つ
江楓漁火愁眠に對す (唐詩)
見渡せば花も紅葉もなかりけり
浦の苫屋の秋の夕暮れ (藤原定家)